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zoom RSS 雑司ヶ谷宣教師館と鬼子母神

<<   作成日時 : 2018/04/19 00:03   >>

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明治期の木造洋館、雑司が谷宣教師館(旧マッケーレブ邸)を
訪れるのは6年振りの事です。地下鉄の東池袋駅から歩いて
10分弱。途中、雑司が谷霊園を通り抜けるので、夏目漱石
お墓にお参りしてから向かいました。

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           洋館らしい縦長窓とハナミズキ

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    家の主、マッケーレブ氏は米国テネシー州の生まれ。
    生後6か月で南北戦争の為、父を失います。その後、
    苦学の末に宣教師となり、明治25年来日しました。

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           築地などで布教活動を行い…

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    雑司が谷に自邸を構えたのは明治40(1907)年。
    19C後半のアメリカ郊外住宅を偲ばせるシングル
    様式(下見板で外壁を覆う)の質素な住宅でした。    

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    シャクナゲの咲く広い庭には…

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    小さな花壇があって、今はネモフィラの花盛り。

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    教会の運営が大変だったのか、彼はこの家で
    自給自足の生活を営みます。畑で野菜を作り、
    薪を割る姿を、地元の人はよく見かけたとか。

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    この家で唯一豪華なのが、居間兼応接室の
    マントルピース。色彩タイルが鮮やかですね。

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    昔が偲ばれる室内。幼児教育にも熱心だった
    彼の人柄は地元の人に親しまれます。そして、
    50年暮らした日本に永住する積りでしたが…

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    日米開戦の一か月前、米国大使館の勧告で、
    やむなく帰国。そのまま本国で亡くなりました。
         *      *      *
    地元との交流を大切にしたマッケーレブさん。
    80年代に取り壊しの危機を迎えた時、保存
    運動に立ち上った区民の中には、この洋館
    で英語を教わった方も含まれていたとか。

    【雑司が谷鬼子母神

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    宣教師館を後に、歩いて鬼子母神(きしもじん)堂へ。
    参道のケヤキ並木や境内の若葉が清々しいですね。

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    江戸時代から店を構える名物の駄菓子屋

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    「鬼子母神」は、元はインドの恐ろしい鬼女ですが、
    釈迦の説諭で改心、安産子育ての神になります。
          *      *      *       
    境内の子授け銀杏は樹齢700年とか。背が高く、
    頭上を見上げ(右)ても、てっぺんが見えません。

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    「鬼」の字に角が無い事にお気付きでしょうか。
    本堂に安置される女神の木像が、鬼形で無く、
    角の無いお姿である事に由来するそうです。


    【補足】
    雑司が谷宣教師館は、無料で自由に見学できます。
    撮影希望の場合は、事務棟で必ず断わって下さい。



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コメント(110件)

内 容 ニックネーム/日時
素晴らしい洋館です。
この時期、ハナミズキの色が白壁に、とっても似合ってる。
当時から、ハナミズキが合ったのかどうかは知りませんが、春の一時期を賑やかに盛り上げてくれる木ですね。
ネモフィラも一役買ってるんや。(^^)

家主のマッケーレブ氏、ご苦労なさったんですね。
南北戦争と聞くと、もう遥か古の出来事のように感じてしまいますが、その戦いでお父様をなくされたお子様が、明治25年に来日してると聞くと、南北戦争は、近しい歴史と感じてしまいます。
畑で野菜作り、薪を割っての自給自足の生活…
異国の地で、それだけ頑張れるのは、やはり、信仰でしょうね。
室内装飾も素晴らしい。
こんなに綺麗に残ってるのは、地元の運動のお蔭ですね。
取り壊しにならなくて良かった。
これも歴史的遺産やと思います。
これからも大切に保存して頂きたいと思います。

鬼子母神が祀られてる所は多いかと思いますが、ここは、その中でも、有名な所なんでしょうか?
樹齢700年のイチョウですか…
てっぺんが見えないってスゴ過ぎます。
イチョウは“垂乳根”やから、子授けなんですね。
「鬼」に角が無い…
あっ、ホンマや!\(◎o◎)/
鬼子母神が釈迦の説諭で改心し、角が取れたですね。(^^)
yoppy702
2018/04/19 00:38
 雑司ヶ谷の霊園界隈はずいぶん前に1度行ったことがあるのですが、この洋館は知りませんでした。
 明治40年の木造洋館がまだ残っているとは良いですね。手入れがされないと此処まで維持できないでしょうから、保存するのも大変なことでしょう。

 鬼子母神は、以前すすきみみずくを買いに行ったことがあります。素朴でかわいらしいみみずくは良いものですね。おとなりのイチョウも見てきました。
なおさん
2018/04/19 03:54
おはようございます。
雑司が谷宣教師館、素敵な洋館ですね明治にこの建物はかなり人の目を引いたことでしょうね。
マントルピースの色彩タイルは花のモチーフなのかしら。
恐ろしい鬼女が神様に‥釈迦の説論で改心したのですね。。。

きょんたん
2018/04/19 06:03
旧マッケーレブ邸ですか?
素晴らしいですね。木造洋館@@
こんな素敵な建物が造られ守られてるのも。
雑司が谷の鬼子母神の字に角がない?
いやぁ〜そんなところまでよくぞ!
鬼子母神が釈迦の説諭で改心し、角が取れた?
そんな謂れがあって女神さまに?
色彩タイル、カタクリのようにも見えますが、何?なんでしょうか?
縦長の窓、憧れます。
居間に置かれてるロッキングチェアに揺られながら、ゆっくり過ごしてみた〜〜〜い♡♡♡
雑司が谷霊園の近くに昔、職場の社宅があり、上司の家に訪れた事がありました。夏目漱石がそこに眠っていたのですか?いい場所にありますよね。
yasuhikoさんの蔵にはどのくらい?
入っているのでしょう〜@@素晴らしい!
nobara
2018/04/19 08:05
宣教師館の外観からは、何か絵本からの
物語が思われますが、
一旦中に入ると、簡素なつつましい生活
ぶりが伺われます。
総ガラスのお部屋、良いですね。
ネモフィラが、和みます。
つばさ
2018/04/19 09:30
おはようございます。
素敵な洋館住宅ですね。
暖炉のタイルが豪華ですね。
お庭には季節の花が植えられていて
素晴らしいです。
ネモフィラが花盛りでとても綺麗です。
無料で自由に見学出来るのもいいですね
ゴンマック
2018/04/19 09:33
(*´∀`) おはようございます〜 ♪

”雑司が谷宣教師館"
縦長窓とハナミズキのバランスが
とても素敵ですd(´ー`*)ね〜♪
室内も 洒落ていて・・・・・
近かったら 行ってみたい〜〜❢
いつも 素敵なお写真で紹介して頂き
ありがとうございました♪.+゚♬✿
♪のこ♪
2018/04/19 09:34
お洒落な洋館の窓辺に咲くハナミズキ
シャクナゲももう咲いて、
ネモフィラも可愛いですね〜
雑司が谷って行ったことがないが、
宣教師館へ一度訪ねてみたいものです。
ロコ
2018/04/19 10:30
こんにちは。
戦争はいろんな人の人生を狂わせる物なのですね。この素敵な館の主、マッケーレブさんも日本を去るのは残念だったでしょうが、こうやって区民に偲ばれ今も残るお屋敷、お人柄が分かりますね。
鬼子母神、由来には興味深かったです。
JK
2018/04/19 12:09
ハナミズキやネモフィラが美しいですねー。
格調高い西洋館と相性バッチリです。
戦争が無ければずっといられたのにね〜。
イッシー
2018/04/19 12:58
 雑司ヶ谷宣教師館、大きな格子窓や緑の縁の縦長窓が印象的ですね。とても穏やかな雰囲気で、住んでいた人の人柄がしのばれます。ハナミズキやネモフィラがさわやかですね。
 「鬼子母神」鳥居が有り神社かと思っていたのですが、お寺なんですね。落ちついた朱色が良いですね。
 
 
藍上雄
2018/04/19 13:32
こんにちは。
こんなに素敵な建物を良くぞ区民の方たちは守られましたね!
質素とはいえ窓など特徴があって室内も落ち着く感じでマントルピースもいいです!
鬼子母神は聞いたことがあっても詳しい言われは初めて知りました。
木々の若葉がとても綺麗ですね!
みっちゃん
2018/04/19 14:46
yoppy702さん。
よく見て戴いて有難うございます。
小金井の江戸東京たてもの園にも
お越し戴いて、多摩地区の住民としては
感謝の気持ちで一杯です。
マッケーレブさんの略歴を見て、
私もびっくりしました。南北戦争って、
『風と共に去りぬ』の時代じゃないですか。
その時代に生れた方が、維新後の
日本に志を持ってやって来て、
最後は日米開戦の直前に、戦争の風に
吹き飛ばされるように去って行った
なんて、歴史のドラマを見てるようです。
日本でも質素に誠実に暮らして
いた方のようで、この洋館を拝見すると、
そのお人柄が偲ばれる気がしますね。
ハナミズキの花のきれいな
ちょうどいい時期に訪問出来ました。
雑司が谷鬼子母神は、都内では
一番よく知られた鬼子母神さんだと
思いますが、私は初めての訪問です。
「鬼」の字一つにも、いわれが
あるというのが面白いですね。
yasuhiko
2018/04/19 15:14
なおさん。
雑司が谷にいらした事が
おありでしたか。宣教師館は
霊園のすぐ近くなんですが、案内も
少なくて、少し分り難い気がしました。
明治40年完成のこの洋館は、
5年に一度ペンキを塗り替え、補修
点検するなど、今もいい状態で
大切にされてます。それもきっと、
マッケーレブさんが子供らの教育を通し、
地元に親しまれていたからでしょう。
鬼子母神のミミズクは名物ですね。
yasuhiko
2018/04/19 15:26
きょんたんさん。
明治期の木造洋館が、こうして
残されてるのは、本当に貴重ですね。
館中に一歩入ると、この建物が
生きてきた時代の空気のようなものが
感じられる気がします。それに、
マジョリカタイルでしょうか、
花柄(多分)の文様も目を惹きますね。
鬼子母神さん、参道や境内の緑が、
街中と思えないほど爽やかでした。
yasuhiko
2018/04/19 15:35
nobaraさん。
こういう縦長の上げ下げ窓、
本当に洋館らしさを感じますね。
ハナミズキの花がまたよく似合うし。
この建物、明治40年の完成ながら、
今では5年おきにペンキを塗り替え、
補修点検を行うなど大切にされてるので、
とてもいい状態が保たれてます。
このロッキングチェアーに腰かけて、
のんびりしたら気持ちいいだろうなあ
と確かに思いますね。暖炉の色彩タイルも
魅力的でした。鬼子母神の字、
何だか変だなと思って、家で確かめたら
やっぱり。そんな発見があるから、
どこも実際に訪ねてみるのが大事ですね。
yasuhiko
2018/04/19 15:47
縦長の窓枠の模様が素敵ですね。家の中はマントルピース以外は意外にシンプルで簡素なんですね。
マッケーレブさん、やむない帰国は不本意だったでしょうが、日本での活動が建物を保存することにつながったのは良かったですね。
雑司ヶ谷、鬼子母神、一時期その近くに下宿していたので懐かしいです。銀杏の樹齢が700年とか。私が眺めた、たかが数十年前の姿とはほとんど変わってないのでしょうね。
すずりん♪
2018/04/19 16:04
つばささん。
いかにも洋館らしい建物でしょう。
装飾の少ない簡素な造りながら、
明治期日本のこの辺りの風景の中で、
異彩を放っていたと思われます。
広縁が総ガラスで、外の明るい光が
よく差し込んで来ますね。
花壇のきれいなネモフィラに出合えて、
ちょっと嬉しくなりました。
yasuhiko
2018/04/19 16:13
ゴンマックさん。
素敵な洋館でしょう。
古い建物を色々見ていますが、
5年に一度ペンキを塗り直すなど、
ここは保存状態が大変よく、
大切にされてるなあという印象です。
質素な室内で、彩色タイルの
暖炉はいいアクセントになってますね。
庭のネモフィラがとてもきれいでした。
yasuhiko
2018/04/19 16:20
♪のこ♪さん。
本当に、近かったらぜひ
訪ねてみたいという気持ちに
させてくれる洋館ですね。
縦長窓の傍に、ハナミズキが咲いて
いるという風景は、いかにも
この建物にふさわしい気がします。
庭もきれいだし、これだけいい状態で
保存されてるのは、地元の熱意が
あればこそ。皆さんに感謝したいですね。
yasuhiko
2018/04/19 16:31
ロコさん。
ハナミズキやシャクナゲの咲く庭。
花壇ではネモフィラも見頃を迎え…。
100年以上も前の洋館に、
文字通り花を添えるようで、とても
感じがいいと思いました。地元で
大切にされる建物は幸せです。
もし機会があったら、お立ち寄り下さい。
yasuhiko
2018/04/19 16:36
窓が大きくて素敵な洋館ですね
貿易商などの豪華な洋館も素敵ですが、質素でも品があって素敵だと思います
戦争のせいで50年も住まれてたのに帰国して亡くなってしまわれたんですんね
建物が保存されていることを喜ばれているでしょうね

鬼子母神。。。ほんまやぁ
角がないですね
駄菓子屋さんも良い感じですね

今日も素敵な記事でした
とまる
2018/04/19 16:39
JKさん。
マッケーレブさんの略歴を見て、
戦争に翻弄された人生だった点が、
私も深く印象に残りました。
南北戦争って、『風と共に去りぬ』の
時代ですもんね。その戦争のせいで、
青少年時代は苦労を強いられ、
晩年は太平洋戦争のせいで、日本を
去らなければならなかったなんて…。
でも、彼が日本でまいた種が
花を咲かせ、彼の記憶の残る洋館を
保存する力になったんだと思います。
私も古い建物を色々見てますが、
地元で大切にされる建物は幸せですね。
yasuhiko
2018/04/19 16:49
イッシーさん。
ハナミズキやネモフィラ。
洋館との相性はばっちりです。
ハナミズキは窓辺に植えられてるので、
アメリカの地方都市を思わせる
風景になりますね。マッケレーブさん、
日本を離れるのはさぞ無念だったと思います。
yasuhiko
2018/04/19 17:33
藍上雄さん。
よく建物というのは、その家の
主の人柄を反映すると言われますが、
雑司が谷宣教師館は、正にその言葉が
よく当てはまると思います。
自身は質素な暮しを続けながら、
布教活動と地元の幼児教育に半生を
捧げたマッケーレブさん。
その精神性を感じさせる室内ですね。
そう、鬼子母神堂はお寺なんです。
赤い鳥居は、寺の境内にある
稲荷社(寺より古い)のものでした。
yasuhiko
2018/04/19 17:42
こんにちは!
雑司ヶ谷宣教師館とハナミズキの取り合わせが素敵ですね。質素でも品のある洋館です。シャクナゲとネモフィラも綺麗です。
南北戦争で父を亡くされ苦労して宣教師になり日本で50年も住んだ方がまた戦争で母国へやむなく帰らなければならなかったんですね。戦争に翻弄された人生ですね。
でもその洋館が地元で保存管理されて綺麗な姿を今も見られるのは素晴らしいことです。

「鬼子母神」の名前は知っていますが、鬼の字、ほんとに角がありませんね。いわれて見なければ気づきませんが、いわれを聞けばなるほどです。
eko
2018/04/19 17:49
みっちゃんへ。
明治の洋館がよく残ってくれました。
80年代といえば、バブルの時代。
この辺りも、大型マンション計画が
持ち上がったそうです。
それを食い止めたのは地元の力。
幼稚園がまだ日本で珍しかった頃から、
幼児教育に力を入れ、地元に
溶け込んでいたマッケーレブさんの
人柄があってこそだと思います。
清潔で美しい室内に人柄が偲ばれますね。
鬼子母神は、境内や参道の緑が
豊かで、街中と思えない静けさでした。
yasuhiko
2018/04/19 17:55
すずりん♪さん。
横長の下見板張りの白い壁。
窓枠がモスグリーンの縦長窓。
いかにも木造洋館という感じのする
感じのいい建物ですね。清潔な室内も、
主の人柄を反映したものでしょう。
そうでしたか。鬼子母神のお近くに…。
私は初めての訪問でしたが、
時が止まったような境内の雰囲気、
前と少しも変わってないように思います。
yasuhiko
2018/04/19 18:05
とまるさん。
マッケーレブさんの人柄を
反映したような清潔感溢れる室内。
装飾性には乏しくても、明るくて
暮しやすそうな洋館ですね。
人は時代に逆らえない弱い存在ですが、
その志の高さみたいなものは、
波紋のように周りに拡がり、影響する
んじゃないかと思う事が多くて…。
それが建物の保存運動を立ち上げる時に、
地元の方の力になった気がします。
鬼子母神の境内の駄菓子屋さん、
江戸時代の創業で、東京で最古の
お店だとか。歴史を感じさせますね。
yasuhiko
2018/04/19 18:19
ekoさん。
ハナミズキやシャクナゲ、
そしてネモフィラの咲く小花壇。
明治の木造洋館にとてもよく似合って
いると思いました。建物も庭も
手入れが行き届いて、地元の方に
大切にされてる事が分る気がしますね。
マッケレーブさん、戦争というものに
翻弄され続けるる人生だったかと
思いますが、その住まいが今も
こうして日本で大事にされてるのは、
彼の人柄が理解された証拠だと思います。
鬼子母神、私も初めての訪問で、
「鬼」の字など新鮮な発見になりました。
yasuhiko
2018/04/19 18:39
雑司が谷宣教師館、さすがですね。洋館の美しさを見事に切り取られています。
そして洋館に花が色を添えて、これがまた美しいです。
お庭も夢のようですね。
鬼子母神、駄菓子屋さんがあるんですか。
お菓子が入っている入れ物も、昔ながらのものに見えます。
大きな木が立派です。
はるる
2018/04/19 19:32
こんにちは♪
取り壊されなくて良かったわ〜!
今こうやって歴史に触れることもできるのだし、洋館がまた素敵な建物ですね。格子の窓が・・特注でしょうか。造りが凝っています。
お庭もハナミズキやネモフィラが咲いて、敷地も広いですね〜。
鬼子母神の角がない、ほんとだ!
何事も角をたててはいけないですね(笑)
鬼でも神様になれるのですね。
とわ
2018/04/19 20:04
白い板壁?に窓の緑の縁取りが
とっても爽やかな素敵な洋館ですね
戦争に翻弄されながらも
日本にその足跡を残された
マッケーレブさん〜キット優しい方
素晴らしい方だったのでしょうね〜
地元の方の想いがこんな素敵な洋館を
後世に残してくれたのですね!
マッケーレブさんの人柄と共に
いつまでも残って欲しいですね!!

えっ!?鬼子母神の鬼の角が無い?
〜そんな由来があったのですね〜
鬼子母神の誕生のお話しも
何故鬼が付くのか納得です
〜神様もいろんな神様が
いらっしゃいますね〜

江戸時代からの駄菓子屋さん!?
少し前は海苔などの入った
プラスチックの赤い蓋の容器〜
昔、お菓子が入って写真のように
並んでましたねぇ〜
今はデパートなどの催事でたま〜に
見かける程度ですが〜お店があるとは
何だか懐かしい気がしますね
言っておきますが〜勿論私は
江戸時代は知りませんよ〜笑笑
miki
2018/04/19 20:36
こんばんは。
木造の質素な洋館、いいですねぇ。
質素でも窓の面積が大きくて日が燦々と射して明るい雰囲気です。
そんな感じだから花たちともよく合います。

漢字は外来ではあっても日本人て日本流にアレンジして自分のものにしてしまいますよね。
tami
2018/04/19 21:14
何時も乍ら、写真の配列が素晴しいです。
シックな佇まいの中、気品溢れる洋館ですね。
花々が洋館を彩っているので、季節が感じられ、暖かさも漂っています。
宣教師のマッケーレブ氏は、畑で野菜を作り、自ら薪を割っていたのですか。
その後の経緯を考えると、
区民がこの洋館の保存運動に立ち上ったのは至極当然のことだと思いました。
内部はとても綺麗で、豊島区による保存が続いているのですね。
とてもいいお話しと写真でした。
アルクノ
2018/04/19 21:47
こんばんは。

窓口多くて室内があるそうな洋館ですね。

戦争の歴史を学ぶと、アメリカ人もご苦労された方がたくさんいたのだなあとわかりますね。
それにしてもいつも写真の構図が見事ですね。

鬼子母神、子供の頃は恐かった思い出があります。
koji
2018/04/19 21:58
こんばんは。
緑の窓枠に白い板壁の建物に赤いハナミズキがよく映えてまるでヨーロッパの雰囲気ですね。
以前行ったことがある神戸の異人館の建物に似て居ます。マントルピースのカラータイルはこんなモダンな感じは初めて見ました。
こんな素敵な建物が現存されているのは住民のみなさんの団結のおかげなんですね。壊してしまえばそれでお終いですからね。
鬼子母神の謂れを初めて知りました。勉強になりました。それにお恥ずかしいですが「キシボジン」と読んでいました。
のろばあさん
2018/04/19 22:11
今晩は。
見事に保存されているのですね。
歴史を感じさせられる建物です。
咲いているお花も季節を教えてくれます。
鬼子母神の駄菓子屋さん、これだけの品数---どこから仕入れるのかそれも知りたいです
行き当たりばったり
2018/04/19 22:49
都内にも、探せば古い洋館はたくさんあるんですね!
戦争中に全部焼けたかと思っていましたが・・・。
それにしても、こうした撮影スポットをよくご存知ですね。
遠くまで行かないといい写真が撮れない、なんて思っている自分が恥ずかしいです。
yasuhikoさんの記事を参考にして、これからは近場のスポットにも出かけたいと思います。
家ニスタ
2018/04/19 23:00
はるるさん。
有難うございます。やっぱり、
好きな洋館が相手だと、少し丁寧に
撮らないとという気になって…。
質素ながら、家の主の人柄や精神性が
感じられる素敵な洋館ですね。
庭もよく手入れされてて驚きました。
鬼子母神境内の風情あるお店は、
都内で最古の名物駄菓子屋だそうです。
yasuhiko
2018/04/19 23:00
とわさん。
80年代バブルの時代は、
再開発だ何だで、ずい分街の姿が
変わる事が多かったですからね。
住民の反対が無ければ、この洋館も
きっと失われていたと思います。
心ならずも日本を離れなければ
ならなかったマッケーレブさんですが、
地元に深く馴染んでいた事が、
この建物を残す力になったんでしょう。
初めて訪れた鬼子母神さんですが、
鬼の字一つにも面白い由緒がありますね。
yasuhiko
2018/04/19 23:12
mikiさん。
なかなか素敵な洋館でしょう。
白い下見板の外壁、モスグリーンの
窓枠を持つ縦長の上げ下げ窓。
いかにも宣教師館らしい清潔な感じの
木造洋館ですね。5年に一度、
ペンキを塗り直すなど、きちんと
手を入れてるからこそ、明治の建物が
いい状態で保存されてるんだと思います。
南北戦争の年に生まれ、太平洋戦争で
日本を離れなければならなかった
マッケーレブさん。正に戦争に
翻弄された人生でしたが、彼の撒いた
種が大きく育って、建物の保存運動に
結びついたんだろうと思います。
鬼子母神さんのいわれも面白いですね。
境内にあるお店は、江戸時代創業、
都内でも最古の駄菓子屋だそうです。
yasuhiko
2018/04/19 23:24
tamiさん。
シンプルな造りではありますが、
外光を取り入れ、清潔感に溢れた
居心地のいい建物ですね。
家の主の人柄を反映してるんでしょう。
ハナミズキの花がよく似合ってました。
鬼子母神は歴史があるだけに、
鬼の字一つとっても面白いですね。
yasuhiko
2018/04/19 23:40
アルクノさん。
有難うございます。少しでも
建物の全体像がつかみやすいように、
外観と館内の写真をそれぞれ
まとめ、その間に庭の花壇の写真を
挿入して、彩りにしてみました。
マッケーレブさんは、自分で
トマトやトウモロコシの野菜を作り、
薪も自分で割っていたそうです。
いかにも聖職者らしい飾り気のない
生活で、その清潔でシンプルな
暮らしぶりが、この洋館全体の雰囲気に
反映してるように感じられました。
地元の人に親しまれた方だったからこそ、
保存運動が盛り上がった訳ですし、
今も彼の記憶が受け継がれてるんだろう
と思います。庭の花も印象的でした。
yasuhiko
2018/04/20 00:05
kojiさん。
財閥などの豪華な洋館では
ありませんが、外光を取り入れた
清潔感溢れる建物ですね。家の主の
精神性を反映してるんでしょう。
戦争に翻弄される人生を送った
マッケーレブさん。でも、彼の人柄は、
この土地で愛されて来たんだと思います。
彼の家が110年以上の時を経て、
今も大切にされてるのを見ると、
ちょっとホッとしますね。
yasuhiko
2018/04/20 00:12
のろばあさんへ。
本当に我々のイメージする
木造の洋館らしい建物ですね。
暖炉の彩色タイルも素敵ですし、
窓辺にハナミズキの咲く感じなんか、
まるで外国の景色のようです。
80年代バブルの危ない時期に、
住民の反対運動が無ければ、建物は
残せなかったんじゃないでしょうか。
その点で、地元の方には感謝です。
yasuhiko
2018/04/20 00:22
行き当たりばったりさん。
この建物、5年に一度は
ペンキを塗り直し、補修点検してる
そうで、地元でも大事にされてる事が
分かりますね。それだけに、
明治期の建物なのに、保存状態が
とてもいいように思いました。
鬼子母神境内にある駄菓子屋さん、
確かにこの品揃えにはびっくりしますね。
yasuhiko
2018/04/20 00:27
家ニスタさん。
私のブログは、もともと
都内に残る明治・大正・昭和の
古い建物を紹介しようとして
始めたものでした。でも、それでは
長続きしないので、テーマを拡げて
今に至ってますが、今回は原点回帰です。
宣教師館を記事にするのも
2回目なので、今回はマッケーレブさんの
人生をなぞるような形で、文章をまとめて
みました。都内の街歩きも、色々と
発見があって面白いですよ。
yasuhiko
2018/04/20 00:38
池袋方面はほとんど行ったことが無いので、まったくわかりません
ですが東京はいろんな形で歴史を大切にしているなぁ〜と感じましゅ
洋館には桜より・・・ハナミズキでしゅねっ
鬼子母神の角無し・・・初めて見ました
ナイス!…☆
デミ
2018/04/20 03:33
明治初期建築のマッケーレブ邸、日本のその時代をはるかに超えたモダンで素敵ですね。そしてハナミズキとのコントラストがアメリカの雰囲気が一層増していますね。区民の方たちの力で大切に残されているのもマッケーブル氏に重いがあるのでしょうね。
みなみ
2018/04/20 09:23
こんにちは。

池袋にこんな素敵なところがあるんですか。
素敵な洋館ですね。
夏目漱石のお墓もあるんですね。
知りませんでした。
トトパパ
2018/04/20 13:06
洋館の縦長窓とハナミズキがいいですね。
マッケーレグさんは自給自足で唯一豪華な
居間兼応接室のマントルピース
素敵ですね!!
50年住み慣れた日本から、戦争のため
帰国して亡くなられたのですね。
区民のかたに守られ、私たちも見る事が
出来ました。ありがとうございます。
鬼の字に角がない。
なるほど、いろいろ勉強になりました。
あこ
2018/04/20 14:20
明治期のこんな素敵な洋館が池袋界隈に残されていたとは知りませんでした。
窓が多くたっぷりの日差しと庭の景色を楽しめるなんて、心にゆとりを与えてくれる家ですね。日本では耐震がちょっと心配になりますが(^^ゞ
ギシギシとなる音が聞こえてきそうな気の床もシンプルな家具やドアノブ、窓枠の装飾、和風な天井、どれも素敵で、明日にでも行ってみたい所です(笑)
うずら
2018/04/20 14:50
 これぞ洋館!素晴らしい建物です。
下見板がいい味わいを出していますね。
白と緑の配色も爽やかな印象です。
 雑司が谷と言う土地に50年も暮らし、
土地の人々と親しく交わり心豊かに
暮した様子が見えますね。
たとえ貧しくとも…。
 主亡き後の住まいを大切に保存してきた
土地の人々も素晴らしいと思います。
 鬼子母神の由来もいいお話ですね。
角がないという話もいいお話です。
角!実は私、隠し持っています、
時々チラチラ出したりして・・・。
花と建物の素敵な写真をありがとう。
楽しく見せてもらいました。(^^♪
ミキ
2018/04/20 16:02
デミさん。
洋館、それもアメリカの郊外によく
あるような木造洋館ですから、
ハナミズキの花がぴったりですね。
植樹や花壇の手入れも含め、地元で
大切にされてる事が分かります。
鬼子母神の「鬼」の字にはびっくり。
実際に訪ねて気付く事ってあるんですね。
yasuhiko
2018/04/20 18:07
みなみさん。
明治40年に建物が完成した時は、
地元の方を驚かせたんじゃないでしょうか。
絵でも見た事ないアメリカ郊外住宅が、
突然目の前に出現したような…。
日曜学校などで、この洋館を訪ねた
子供たちも興味津々だった事でしょう。
そうした交流が、地元の人の記憶に残って、
この建物を残す力になったんでしょうね。
yasuhiko
2018/04/20 18:16
トトパパさん。
洋館らしい洋館でしょう。
明治・大正の人が憧れた西洋という
ものを、形で示したような建物ですね。
漱石のお墓や、鬼子母神とともに、
いい散歩コースになりました。
yasuhiko
2018/04/20 18:19
あこさん。
これぞ洋館と言う感じの素敵な
建物でしょう。紅白のハナミズキの花が、
洋館の窓によく似合ってますね。
館内も家の主の人柄を反映してか、
清潔感が漂い、居心地がよさそうです。
戦争のために日本を離れなければ
ならなかったのは残念だったと思いますが、
その住まいが区民の力で保存され、
彼の記憶を今に留めているのは、
何よりの事だと思います。
yasuhiko
2018/04/20 20:27
うずらさん。
宣教師館のある辺りは
落ち着いた住宅街で、明治の洋館に
ふさわしい環境が保たれてます。
歴史を感じさせる館内に身を置くと、
昔にタイムスリップしそうな
感じがして…。本当に、いつまでも
いたいような居心地のいい空間ですね。
機会があったら、ぜひお出かけ下さい。
yasuhiko
2018/04/20 20:57
ミキさん。
本当に、私たちの中にある
洋館というイメージにぴったりの
建物ですね。白い板壁、緑の窓枠に、
ハナミズキの花が色を添えて。
清潔で居心地のよさそうな室内空間も
印象的でした。マッケーレブさん、日本を
離れるのは残念だったでしょうが、
その記憶を留めるように、この家が
残されたのは何よりだと思います。
区民の方も頑張ったんですね。
えっ、鬼を隠し持ってる?
どういう意味ですか。ミキさんの
「キ」は、実は「鬼」だったりして…。
鬼子母神まで、いい散歩コースでした。
yasuhiko
2018/04/20 21:08
あ〜、今回は気持ち玉、間に合いましたぁ。
こんな素敵な洋館に感動の気持ち玉を入れることが出来てうれしいです。
命じ25年に来日されて開戦まで日本で宣教師として過ごされ日本に永住されるおつもりだったとか・・・
せっかくの彼の人生を非合理な戦争は塗り替えてしまったのですね。
地元の方々とも心を交えられてきっと日本がお好きだったのですね。
そんな素敵なマッケーレブ邸、ようこそ残してくださいましたね。
さすがアメリカハナミズキというだけあって洋館にはとてもよく似合いますね。
ネモフィラもとってもかわゆいですね。
雑司ヶ谷の鬼子母神にはまだお邪魔したことないのですよ。
ケヤキ並木の若葉が涼しげですね。
次回、チャンスがあれば伺ってみたいです〜。
あっこちゃん
2018/04/20 21:41
雑司ヶ谷宣教師館は明治期の木造洋館ですが、建物内外の雰囲気が素敵です。
主のマッケーレブさん、50年以上も日本に暮らされたのですね。
日米開戦前、泣く泣く本国に帰られたのでしょう。
日本人以上に日本人らしかった人だったような気がします。
このような洋館は歴史遺産としていつまでも保存に取り組んでほしいものです。
トンキチ
2018/04/20 22:16

こんにちわ〜♪
保存状態が良くて古い洋館とは
思えません。明るいお洒落な洋館で
マッケーレブさんは自給自足されて
いたのですね。
鬼子母神の鬼の角がないのは
そんな謂れが有るのですね。
ベティーちゃん
2018/04/21 11:46
こんにちは。
洋館の中の木の香りと床を歩くきしむ音を想像しながら拝見させていただきました。
ホント 縦長の窓が洋館らしいですね。
今日は暑いのでネモフィラを見るととても涼し気に感じますね。
日本庭園と違った感じで 洋館にもお花が本当によく似合いますね。
鬼子母神の鬼の角がないの初めて知りました。
にゃーちゃん
2018/04/21 14:32
ネモフィラの花盛り・・・夢のような色合いですね。
床に映り込んだ椅子の影が、一瞬、ステンドグラスのように見えました。
鬼子母神・・・キシモジンと読むのですね。今まで、キシボジンと読んでいました
ススキミミズクも初めて知りました。
知らないことが、いっぱいですが・・・「知る」って楽しいです
クリム
2018/04/21 15:02
6年前、家庭科の教員免許を取るために日本女子大にスクーリングに行ったときに、鬼子母神に何度も行きました。自分の目で見るよりも写真で見るとこんなにきれいなんだと感動してしまいました。写真ってすごいですね。
Peace Story
2018/04/21 15:52
あっこちゃんへ。
大丈夫ですよ。いつも気持ちの
籠ったコメントを戴いてますから。
移り変わりの激しい東京で、
公共施設でも、大富豪の邸宅でもない
明治の洋館が今でも残ってるのは、
それなりの理由があるからだ
という事を、改めて教わった気がします。
戦争直前に無念の帰国をした
マッケーレブさんでしたが、地元の
方たちは彼の事を忘れず、思い出の
残る建物を保存したんですね。
それが大きな救いのように思えました。
ハナミズキやネモフィラが
建物に似合って、いい雰囲気だと
思います。鬼子母神さんと併せて、
ちょうどいい散歩コースでした。
yasuhiko
2018/04/21 17:32
こんにちは

角のない鬼
今では世間に
ゴロゴロ蔓延してますね
無門
2018/04/21 17:37
トンキチさん。
本当に洋館らしい洋館ですね。
緑の窓枠、白い板壁。更に庭木の
ハナミズキが建物によく似合って、
素敵な雰囲気だと思います。
今は5年に一度、ペンキを塗り替え、
補修を行ってるとか。戦争に翻弄された
マッケーレブさんの人生でしたが、
長く暮らした日本で、その住まいが
今も大切にされてるのは何よりだと思います。
yasuhiko
2018/04/21 17:41
ベティーちゃんへ。
この洋館、5年に一度は
ペンキを塗り替え、補修を行って
いるとか、明治の建物と思えない
くらい、いい状態で保存されてますね。
これもマッケーレブさんの人柄が、
地元に親しまれてたからでしょう。
鬼子母神の「鬼」の字の事、
訪ねてみて新しい発見になりました。
yasuhiko
2018/04/21 17:46
にゃーちゃんへ。
階段や床がきしむ…本当に
そんな感じの建物でした。まるで、
昔の洋画を観ているような…。
歴史のタイムカプセルのような空間が
今も残されてるのは貴重ですね。
建物はアメリカの郊外住宅を思わせる
造りですので、庭木のハナミズキの花が
とてもよく似合うと思いました。
鬼子母神さん、鬼の字一つにも
謂れがあるのはさすがの歴史ですね。
yasuhiko
2018/04/21 17:53
クリムさん。
いい所でネモフィラに出合えました。
花壇自体は小さかったんですが、
ネモフィラはボリューム感があるから、
写真にすると見映えがしますね。
館内も床が鏡のようで魅力的に思えます。
鬼子母神、最近まで私も読み方を
間違えてたんですよ。それで、
本文にも仮名をふる事にしました。
yasuhiko
2018/04/21 18:10
Peace Storyさん。
そうでしたか。日女からは
割と近いですもんね。
私は全く初めての訪問でしたが、
新緑の季節と言う事もあって、
参道のケヤキや大イチョウの姿が
とても印象に残りました。初めての所は
新鮮でいいなあと思います。
yasuhiko
2018/04/21 18:16
無門さん。
今の世にいる角を隠した鬼ですか?
何だろう。セクハラの事とか?
それはともかく、鬼子母神の鬼の字は、
訪ねてみて初めて分った事です。
実際に行ってみる事は大切ですね。
yasuhiko
2018/04/21 18:22
こんばんは
明治時代の洋館
壊すのは簡単でしょうが
残していって貰いたいですね〜
ハナミズキがこんなに似合う家
は他にナイかもしれません^^
すーちん
2018/04/21 20:42
素敵なところですね〜〜!戦火に免れて保存された宣教師館、とても美しい建物ですね。鬼子母神様、中山法華経寺にもありますが、こちらも素敵なところですね。東京や神奈川などの素晴らしい建物をいつもご紹介してくださっていてとても楽しみです。まだまだ知らないところがたくさんあるなぁって思っています^^
かるきち
2018/04/21 21:44
すーちんさん。
80年代バブルの時代は、
マンション計画が持ち上がって、
区民の皆さんの反対運動が無ければ、
本当に危ないところだったそうです。
ハナミズキのよく似合う洋館、
いい状態で保存されてよかったですね。
yasuhiko
2018/04/21 22:43
雑司が谷宣教師館、古い建物が繊細にもあわず残っているんですね。
素晴らしいです。
雑司が谷霊園に夏目漱石のお墓あるんですか。面影橋へ桜散歩 の帰り、都電の東池袋で下車したんですが、このような情報を知らず一直線に池袋駅を目指してしまいました。

2018/04/21 22:46
かるきちさん。
雑司が谷宣教師館は、二度目の
訪問になりますが、清潔感に溢れた
洋館らしい洋館ですね。この建物には、
ハナミズキの花がよく似合います。
初めて訪問した鬼子母神さんは、
参道のケヤキ並木や境内の新緑が、
目に爽やかで印象的でした。
移り変りの激しい東京の街中に、こうした
古いものが残ってるのは嬉しいですね。
yasuhiko
2018/04/21 22:56
温さん。
とてもいい状態で保存されてる
洋館ですね。5年に一度は
ペンキを塗り替え、補修点検をしてる
そうで、地元でも大事にされてる
建物だという事が分かります。
雑司が谷霊園には、漱石のお墓の他、
竹久夢二やジョン万次郎のお墓もあるので、
よかったら、別の機会にお出かけ下さい。
yasuhiko
2018/04/21 23:06
こんばんは!
白い板壁にブリティッシュグリーンの窓枠、そこに見える薄紅色のハナミズキの花、この時期の美しさが際立って素敵ですね〜♪
戦争は多くの人の人生を狂わせるものですね。
それでも今この建物を見ることができるのは保存にかかわった人たちがあったからなのですね〜☆
その建物をこうしてyasukikoさんの撮影で拝見できてうれしいです〜☆
komichi
2018/04/21 23:14
komichiさん。
今の季節は、紅白のハナミズキの
花が色を添えて、白い板壁や
縦長窓の洋館を、よけい美しく見せて
くれますね。日本を離れる時の
マッケーレブさん、さぞかし
無念の思いを抱いていたろうと
想像されますが、彼の誠実な人柄が、
建物を残す力になったようにも思えます。
彼の記憶を残す建物が、こうして
地元で大切にされてるのは嬉しい事ですね。
yasuhiko
2018/04/21 23:35
お久しぶりです。
早速 お越しいただきありがとうございました。
宣教師館 質素なんてとんでもないです。
とっても 素晴らしい建物ですが やはり
マントルピースの美しいタイルが
ひと際 豪華に見えますね。
いつも 見上げてばかりのハナミズキですので
こちらの 窓から 眺めてみたいです。
フラバーバ
2018/04/22 10:12
こんにちは〜♪

雑司ヶ谷 テレビで見たりしてますが

行った事がありません

古い建物を保存するのは大変な事でしょうが

何時までも残しておいて欲しいですね

鬼子母神さんの境内の駄菓子屋さん

たしか おばあさんが経営

毎朝ピアノの音色が響くとか・・

行ってみたいところです

H.R
2018/04/22 10:17
こんにちは。
雑司が谷宣教師館は珍しい西洋建築物ですね。米国人のマッケーレブ氏は宣教師として来日した話を、興味深く拝読しました。50年間も日本で暮らして西洋文化や思想を伝え、立派に貢献されたと思います。駄菓子屋さんに並んでいる瓶入りの飴玉などは昔懐かしい風景です。子供の頃に1円で1個だけ買った事もありました。
華の熟年
2018/04/22 10:47
フラバーバさん。
ブログ記事拝見しました。
大変な思いをされたのに、わざわざ
コメントを戴いて有難うございます。
宣教師館、清潔感にあふれた
素敵な明治の洋館だと思いました。
暖炉の彩色タイルも本当に素敵ですね。
窓辺に佇んで、ハナミズキを眺めたら、
日本にいる事を忘れそうです。
yasuhiko
2018/04/22 14:48
HRさん。
宣教師館は、雑司が谷の
静かな住宅街にあって、周りの
環境にすっかり溶け込んでるように
見えました。庭の手入れがよく、
大切にされてる建物だなと言う印象です。
鬼子母神境内の駄菓子屋さんの事、
よく御存知ですね。私もNHKBSの
番組で知って、気にしてたお店なんです。
こうしたお店が残ってるのも、
雑司が谷の街の懐の深さでしょうね。
yasuhiko
2018/04/22 14:56
華の熟年さん。
西洋館らしさに溢れた宣教師館。
キリスト教が公認されて以降、日本と
西洋が出会った場所という意味でも、
興味深いものがありますね。
家の主、マッケーレブさんの面影を
偲ぶにも絶好の環境だと思います。
鬼子母神境内のお店は、東京で
最古の駄菓子屋さんだそうです。
値札は一切ないんですよ。この店の
雰囲気、懐かしいものがありますね。
yasuhiko
2018/04/22 15:13
雑司が谷の旧マッケーレブ邸、素敵な洋館ですね。6年振りえすか。お花と一緒に美しく撮られていますね。とっても魅力的です。
確かに、マントルピースの色彩タイルはお洒落ですね。この界隈は実は行ったことがなく、是非いつか行きたいと思います。
ミクミティ
2018/04/22 16:15
雑司ヶ谷に素敵な洋館があるのですね
マッケーレブさん 地元の方に親しまれ
良い方だったんですね
取り壊されず保存されて良かったですね
お花たちも嬉しそうに咲いてますね
ルーシーママ
2018/04/22 17:24
ミクミティさん。
地元で大切にされてる建物は
幸せですね。雑司が谷宣教師館は、
5年に一度ペンキを塗り直し、
補修してるそうです。庭の手入れも
よくて、花との相性もばっちりでした。
暖炉の色彩タイルも素敵ですし…。
鬼子母神、霊園なども含めて、その内
ぜひ一度お出かけ下さい。
yasuhiko
2018/04/22 17:35
ルーシーママさん。
明治期の洋館が、これだけ
いい状態で保存され、しかも、
自由に見学できるのは、とても
有難い事だと思います。庭木や花壇の
手入れもよく、緑の窓枠、白い板壁に
とてもよく似合ってました。
yasuhiko
2018/04/22 17:42
こんばんは。
雑司ヶ谷に出かけてはいますが宣教師館があることを知りませんでした。
緑の枠が爽やかで印象に残る建物ですね。
マントルピースも素敵な色のタイルで明治の洋館として
とてもお洒落な雰囲気ですね。
ロシアンブルー
2018/04/22 21:04
ロシアンブルーさん。
都内でも数少ない明治の宣教師館。
しかも、ここは見学自由で、
断われば館内の撮影もできます。
白い板壁に緑の窓枠、暖炉の彩色タイルも
魅力的で、本当に洋館らしい洋館ですね。
残してくれた地元の方に感謝です。
yasuhiko
2018/04/22 21:36
マッケーレブさんって、すごく地味ながら日本に貢献してくださった方なんですね。日本をずっと愛して、この地に永住しようと思われた気持ちがなんだか嬉しくも思いました。帰国されて、その地で亡くなられたのはせつないです。
Muni
2018/04/22 22:30
Muniさん。
教科書に名を残すような事は
無くても、市井の片隅で誠実に生きて、
国際的な文化交流の役目を果たした
マッケーレブさんのような方に、
私は共感を覚えるんです。
再び日本に戻る事は無かったものの、
彼の面影を偲ばせる建物が、こうして
地元で大切に残されているのは、
何よりの事だと思いました。
yasuhiko
2018/04/22 23:09
雑司ヶ谷墓地をぬけて行くのですか。旧マッケーレブ邸へは行ったことがありません。大昔、大学生になったばかりのわたしたちを先輩は、雑司ヶ谷から鬼子母神を歩いて連れていってくれたこと懐かしく思い出しました。ああのんびりぶらぶら歩いてみたいですね。で、このマッケーレブさんの館へ行ってみたいです。丸ノ内線池袋が近いですか。
ののはな
2018/04/22 23:28
ののはなさん。
私のブログを見て、本気で
行ってみたいと仰って戴けると、
何より嬉しい気がします。
少し分かり難い場所にあるので、
HPの地図を印刷して、それを頼りに
歩きました。今回は地下鉄・有楽町線の
東池袋駅から歩きましたが、途中
2か所道案内がある(小さいけど)ので、
このコースが一番分りやすいと思います。
よかったら、ぜひお出かけ下さい。
yasuhiko
2018/04/22 23:48
白にグリーンの窓
横浜にもありますが素敵ですね
お花と一緒に美しく撮られて
お洒落で魅力的です
ジュン
2018/04/23 10:42
ジュンさん。
緑と白の色の組合せは多いですね。
雑司が谷宣教師館、いかにも
洋館という佇まいの魅力的な建物でした。
家の主の人柄が感じられるような
清潔な室内や、庭木と調和してる点など、
趣のある素敵な洋館だと思います。
yasuhiko
2018/04/23 11:32
yasuhikoさん こんにちは
いつも気持ち玉ありがとうございます。
鬼子母神や雑司ヶ谷霊園は行ったことがあるのですが、雑司が谷宣教師館のことは初めて知りました。
素敵なところですね。行ってみたくなりました。
京王アンジェのガールマグノリアもいいところですね。
気持ち玉どちらもいっぱいなのでコメントにしました。
かっちゃん
2018/04/24 15:49
こんばんは〜
「雑司ヶ谷&宣教師館」イータンにとって縁のある地でとても懐かしく思いました。
OLの頃四谷の自社ビルの建て替えの為、借り事務所に
目白と池袋の中間地点、明治通りの事務所に1年程通いました。
お昼休みに鬼子母神で休憩したり、いろいろとOLの仲間と遊んだ場所でもあります。
宣教師館は池袋の友の誘いで訪れましたが、OLの頃は宣教師館の事知りませんでした。
何しろ とってもとっても懐かしい所です。
本当にありがとうございました〜
イータン
2018/04/24 20:25
かっちゃんへ。
コメント有難うございます。
それに前記事も読んで戴いて感謝です。
雑司が谷宣教師館は、ちょっと
分り難い所にあるので、知る人ぞ知る
という感じの施設ですが、明治期の
洋館が、とてもいい状態で
保存されている上に、庭木や花壇の
手入れもよくて魅力的だと思いました。
yasuhiko
2018/04/24 22:22
イータンさん。
そうでしたか。色々思い出の地でも
あったんですね。それでしたら、
この辺りの地理はよく御存じでしょう。
私は二度目の雑司が谷訪問ですが、
鬼子母神に行くのは初めてだったので、
宣教師館からの道程で、ちょっと
遠回りをしてしまいました。
館内も庭も魅力的な宣教師館ですが、
この辺りの雑司が谷の町並み自体も、
趣があっていいなぁと思いました。
懐かしんで戴ければ幸いです。
yasuhiko
2018/04/24 22:35
鬼子母神の名前は、度々聞くのですが、雑司が谷宣教師館の方は、このブログで知りました。
しかし、よく保存されてますね。その時代の生活している風景が、見えるようです。
洋館には、ネモフィラのブルーが、良く似合います。
 
yoshi
2018/04/25 11:03
yoshiさん。
雑司が谷宣教師館は、一般には
あまり知られてない施設ですが、
いい状態のまま保存された
明治期の洋館で、館内が自由に見学
出来る点が、何より嬉しく思えます。
昔の空気感が感じられる空間
という事で、とても貴重な存在ですね。
花壇のネモフィラが見事でした。
yasuhiko
2018/04/25 14:17
素敵な所へお出掛けされたのですね。
雑司ヶ谷ってよく耳にしながらも一度も訪れた音がなくて、、(そんな場所だらけなんですが)。
こちらの宣教師館は綺麗ですね。宣教師の住まれていた家って、慎ましやかな美しさが残っている様ですね。
お庭のお花もこんなに綺麗でしたか。素晴らしい。
鬼子母神も、角がない、なるほどと思いました。
駄菓子屋さんはテレビに出たことがありますか?
見たことがあるかもしれません。
yasuhikoさんのブログのお陰で家に居ながらにして色んな場所に連れって行って頂いております!
keikoさん
2018/04/26 09:12
keikoさんへ。
私も2度目の訪問ですが、
雑司が谷霊園〜宣教師館〜鬼子母神
と回るのは、散歩コースとして
とてもいいんじゃないかと思いました。
宣教師館、明治の木造洋館ながら、
手入れもよく、とてもいい状態で
保存されてると思います。
庭木や花壇の花もきれいですし、
地元に愛されてる建物だと思いました。
鬼子母神境内の駄菓子屋さん、
NHKBSの番組でも紹介されてたので、
それを御覧になったんでしょうか。
歴史のある場所だけに、角の無い
「鬼」の字を使ってるのも面白いですね。
yasuhiko
2018/04/27 11:25
教会の運営が厳しくとも、自給自足の生活であっても充実した生活・布教活動をされていたんでしょうネ。
邸宅からそォだったのだろうと云う穏やかな空気を感じます。
日米開戦という 国の上層部の勝手な都合で50年も過ごした日本から本国へ帰る…どれほど哀しく思われたのでしょう。
おーちゃん
2018/04/29 08:11
おーちゃんへ。
雑司が谷宣教師館、本当に
住んでいた方の人柄が偲べる
清潔感にあふれた洋館だと思います。
建物は人とともにあるものですね。
思いを残したままの帰国だったでしょうが、
彼の住まいが保存され、こうして
地元で大切にされてるのは何よりと思います。
yasuhiko
2018/04/29 17:51

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雑司ヶ谷宣教師館と鬼子母神 街が好き/BIGLOBEウェブリブログ
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