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zoom RSS 子規庵の萩の花・糸瓜など

<<   作成日時 : 2018/10/11 00:00   >>

ナイス ブログ気持玉 500 / トラックバック 0 / コメント 96

根岸の《子規庵》を訪ねるのは6年振りです。俳句・短歌の
改革者、正岡子規は、亡くなるまで8年間をここで過ごした
そうです。庵の小さな庭には、などの秋の花が咲き乱れ、
糸瓜の棚が目を楽しませてくれました。

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   鶯谷駅から徒歩5分。周りはかなり俗な
   環境ですが、ここだけは全く別世界です。

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   元々は加賀藩下屋敷の侍屋敷だったこの家。

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          空襲により焼失したものの、弟子の寒川鼠
          骨らの尽力で、昔に忠実に再建されました。

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   子規の文机(復元)。左足が痛くて曲らなかった
   彼のために作られた切込みのある特注品です。

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   子規の病は脊椎カリエス。結核菌に犯され、
   痛みに耐えながら、文筆活動を続けました。

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   「ごてごてと草花植ゑし小庭かな」(確かに。)

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   病床にあって、この庭が彼の全世界でした。

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          「白萩のしきりに露をこぼしけり」

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   「臥して見る秋海棠の木末かな」

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   「鶏頭の十四五本もありぬべし」

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   地味ゆゑに心惹かるる水引草(マネして一句。)   

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   世の中にフヨウなものなどありはせぬ(by 芙蓉
   失礼しました。もちろん、これも私のデタラメです。

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   子規なのにホトトギス(花)の句は見つからず

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   「首あげて折々見るや庭の萩」 病床で、
   萩の花の美しさは慰めだったんでしょう。

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   最後は糸瓜の花。結核は喉に痰が詰りやすいので、
   へちま水の咳止め、痰切り効果が期待されてました。

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   見学客には、日本文学を研究する外国人女性も
   いたのでびっくり。今や、世界の「HAIKU」ですね。   

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   帰途は少し遠回りをして、上野駅まで歩きました。
   左:豆腐の名店「笹乃雪」。右:名も無き「煎餅屋」。
         *      *      *
   「水無月や根岸涼しき笹の雪」とは子規の句です。

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   シコンノボタンの花色が、秋らしく目を惹きます。
   俳句には縁の無い私ですが、子規庵の風情に
   刺激を受けたか、花を見る目も敏感になって…

     風流の初めや四季(子規)の花巡り

   これじゃ、俳句でなくて、ただのダジャレですね。



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コメント(96件)

内 容 ニックネーム/日時
正岡子規って教科書で学んだはずやけど名前しか覚えてません
駄目ですねぇ

病気やったんですか
でも。。。色いろな花が咲く庭のある風情のある家で最後を過ごされたんですね

俳句は難しいです(笑)
とまる
2018/10/11 00:28
上野の方には、正岡子規の居住跡もあるんですね。
今はホテルですが、森鴎外の居住跡の前は通った事があります。(^^ゞ
ホンマ、ここは別世界や。
忠実に再建されたとありますが、今に伝えられる見事な建物ですね。
「病床にあって、この庭が彼の全世界」
建物の再現というより、子規の俳句の世界を再現したと言っても過言じゃないですね。
これは貴重やし、子規の俳句に魅せられた方には一つの聖地や。
子規の作品と画像をリンクさせられてるので、闘病時代を想像してしまいます。
やはり、偉大な俳人ですね。
「地味ゆゑに心惹かるる水引草」
ナイスです!(^^)
山とか歩いていても、ミズヒキソウに出会うと、ついつい足をとめてニッコリしてしまいます。(^^ゞ
yoppy702
2018/10/11 00:48
おはようございます。
>ごてごてと草花植ゑし小庭かな
庭から色々な句が出来上がったのですね、小さな世界ですが子規にとっては大きな意味のある世界だったのでしょうね。
夏に訪れたらどんな花が咲いていたのかしら‥。
この風情のある場所に立つと一句‥そんな気持ちにもなるのでしょうね。。。
きょんたん
2018/10/11 03:49
 根岸のあたりはなかなか行く機会がないのですが、子規の過ごした家が保存されているのですね。
 あたりの景観とは切り離された小宇宙のような庭ですね。

 ヘチマは子供の頃庭で育てたことがあります。タワシをつくったり、ヘチマ水をとったりするものですが、痰に悩む子規には薬としての意味もあったのですね。
 ハギやシュウカイドウ、ケイトウ、ミズヒキ、フヨウ、ホトトギスなど秋草がさりげなく咲いていて、風情のある庭ですから、詩心も湧いて俳句の題材にもなったのでしょう。

 俳句と写真の相性の良さは多くのひとに言われているものですから、俳句を詠むつもりで写してみるというのも楽しいですし、句を添えるともっと楽しみが増しますね。
なおさん
2018/10/11 05:14
おはようございます。
正岡子規、終焉の地ですね。
病床にあって、この庭が彼の全世界
だったのですね。
その足跡を訪ねて根岸を歩いて見たいですね。
ゴンマック
2018/10/11 06:34
おはようございます!

子規庵、風情があって素敵ですね。

一句、詠いたいところですが、良い言葉が思い浮かびません(笑)

このような建物をいつまでも残して欲しいですね(^o^)
koji
2018/10/11 07:09
根岸の里に子規庵あり・・・ですか。
馴染みの場所ですが・・
その場所を知りませんでした。
香川照之の迫真の演技が目に浮かびます。
亡き義母が生まれ育ったところでもあります。
いろんな想いが交錯する所になりそうです。
野球などにも造詣が深かった?人ですね。
病との戦いにあっても・・
その創作を育てた庵だったのでしょうね。
弟子の方たちの彼を慕う姿も感じられます。
終焉の地、そんな風情が感じられました。
萩も確かに癒してくれたでしょうね〜〜
笹の雪にも何十年も行っておりません。
yasuhikoさんは俳句も、嗜まれる?
なかなかの秀作ではありませんか。

nobara
2018/10/11 08:57
おはようー"(^o^)"ーございます。
いいですね。下町根岸の地にこんな趣のあるとこらがあったなんて初めて知りました。
yasuhikoさんのお人柄と言うか、博学さにも記事内容から伺う事ができますね。
 地味ゆゑに心惹かるる水引草
 風流の初めや四季(子規)の花巡り
2つの作に感銘しています。

実は、私も、昨年から、あることがきっかけで、水彩画を始めています。まだ、動けるうちに旅の思い出を写真を見ながら絵に残しています。子規の様に生きたいものです。
Tomi-
2018/10/11 09:34
(*´∀`) おはようございます〜!

正岡子規が、亡くなるまで8年間を
過ごされたという《子規庵》を
いつもながらの 素敵なお写真や
yasuhikoさんの俳句も 交えながら✨
ご紹介して頂きして┣心━心━心┫出来
('-'*)ありがとうございました💙

左足が痛くて曲らなかったという
彼のために作られた切込みのある特注品の
文机(復元) ジ〜〜ン!としました❕
ここから見える風景を見ながら
俳句に 詠んだのでしょうね( ゚Д゚)
萩の花や糸瓜など 拝見すると・・・ 
切なくも感じてしまいます。。。

子規堂というのが 四国松山にあって
そこでは 逆に若い頃を過ごした様ですね
父が 松山の教科書の会に時折
行っていたので(実家は本屋でしたので)
松山も 父に付いて行った事があります。
父は俳句を少々嗜んでおり、母は晩年
短歌をしてましたが 私は 能無しで
季語も語数も関係ない「五行歌」を
それでも 10年以上は続いてます。
(この書き方 五行歌の人には
失礼でしたが 俳句や短歌より楽です)

『正岡子規や夏目漱石』といったら
私的には「松山」とは切り離せない人物
なので 余計な事迄 書いてしまいました。

   
♪のこ♪
2018/10/11 09:53
おはようございます。
それは、瓜が垂れてるのでしょうか??

皆さん、風情が分かる方ばかりなのですね・・・、私は頭の中「?」がいっぱいです・・・
ちぃ
2018/10/11 10:47
こんにちは。
病身で狭い世界で過ごしていたのに、とても想像・創造力で一杯だった方のように思います。
どんな風に日々を病と共に暮らしながら、どんなことを思い描いていたのかと思うと何と言って良いか分からない気分になります。
豆腐の笹乃雪、昔二度ほど行ったことがあります。懐かしいですね^^
JK
2018/10/11 11:21
こんにちは。

根岸の《子規庵》ですか。
いいですね。
松山のは行ったことあります。
東京にいる時は根岸に住んでたんですね。
トトパパ
2018/10/11 11:41
とまるさん。
正岡子規は夏目漱石の大親友。
松山出身の子規と、英語教師として
松山に赴任した漱石(その時の体験が、
小説『坊ちゃん』の下敷きになる)とは、
52日間も一緒に暮らしたんですよ。
学生時代に、新しいスポーツ、
ベースボールに熱中し、「野球」と
翻訳したのも子規だったと言われてます。
子規がこの庵で亡くなったのは、
34歳でした。無念だったろうと思います。
yasuhiko
2018/10/11 11:59
yoppy702さん。
弟子たちの思いからなんでしょう。
小さな庭を含めたこの空間が、
仰るように、子規の面影を残す小宇宙、
俳句の聖地になってるんだと思います。
子規の文机の復元に当っては、
木目や傷にもこだわったんだとか。
六畳間で病臥する子規には、
庭の草花がどう見えたか、そんな事を
少し意識しながら、花を撮影しました。
子規の俳句の後で、私の駄作など
口汚しにしかならないと思いますが、
まあ、参加する事に意義がある
というところでしょうか。
yasuhiko
2018/10/11 12:12
鶯谷駅から徒歩5分、俗世界から別世界にワープできるのがいいですね。
血を吐くほど鳴き続けるという鳥、ホトトギスを、結核である自分と重ね合わせたのだと言われていますが、『子規』がホトトギスの異称なんですね。
軍に赴いた事が病状を悪化させたみたいですが、治療法が確立している現代なら、結核から脊椎カリエスになる前に助かったと思います。
溜まった膿を出す為、背中に穴が開くだなんて、ぞっとします。
子規に関しては「柿食えば 鐘がなるなり 法隆寺」程度しか知りませんが、当時を偲ぶため様々復元されていて、柿を持参してここへ行きたくなりました。
アルクノ
2018/10/11 13:52
きょんたんさん。
そうなんです。この小さな庭から、
数々の名句が生まれたようで…。
その面影を壊さないように、
庭には、子規の俳句に登場する草花が
植えられてました。他の季節の
庭の様子も知りたい気がしました。
日頃縁の無い俳句ですが、
思わず一句詠みたくなりますね。
yasuhiko
2018/10/11 14:22
なおさんへ。
周辺の俗な世界と、子規庵の
風流そのものの世界と、その鮮やかな
対比にびっくりさせられました。
庭に植えられた萩の花などは、
子規の俳句の世界を形にしたような
趣があって、見てると心が洗われます。
棚にぶら下がるへちまの実は、
喉の詰まる子規の苦しみを和らげる効果を
期待されていたようですが、
子規が死の間際になって書き遺した
三句も、糸瓜を詠んだものでした。
それで、子規の命日は糸瓜忌と呼ばれます。
ここの庭で花の写真を撮ってると、
何だか俳句の一つも詠みたくなりますね。
yasuhiko
2018/10/11 14:43
こんにちは。
その空間が子規の全世界だったのですね。
今もなお そこに座って句を詠んでるように感じました。
決して派手ではない植物達が咲きそろい穏やかなお庭ですね。
俳句は全く分かりませんが素敵な空間であることは感じ取れました。
にゃーちゃん
2018/10/11 14:44
ゴンマックさん。
子規というと、病気で長く
苦しんだイメージがありますが、
年齢でいうとわずか34歳。
それまでに、俳句や短歌の世界で、
大きな仕事を成し遂げて来たんですね。
明治という時代の持つ若々しさを、
象徴するような存在だったんだな
という事を、改めて強く実感しました。
yasuhiko
2018/10/11 14:48
kojiさん。
何を仰いますか。リレー川柳は
kojiさんのお得意じゃないですか。
俗世間から切り離されたような
子規庵の空間に身を置くと、本当に
誰でも俳句のまね事がしたくなるん
じゃないかと思いました。お前も
その口かって?いえ、いえ、私の句は
季語を無視した言葉遊びですから…。
yasuhiko
2018/10/11 15:01
nobaraさん。
そうでしたか。なかなか
根岸は縁の深い土地だったんですね。
今や、周辺はすっかり俗化されて
いますが、この子規庵だけは別物。
時が止まったような、別世界の
空気が流れています。昔はこの庵に、
高浜虚子らの俳人、伊藤左千夫らの歌人、
夏目漱石や森鴎外も訪れたかと思うと、
ちょっと居ずまいを正したくなりました。
学生の頃はベースボールに熱中した子規。
「野球」と翻訳したのも、子規だと
いう風に言われてますね。
私の俳句ですか。いや、それはちょっと。
でも、この庭に立つと、不思議に
詩心が湧いて来るから、面白いものです。
yasuhiko
2018/10/11 15:15
Tomiyosiさん。
写生の御趣味はいいですね。
写真はあくまで一瞬のものなので、
もう少し手間のかかるものの方が、
心の中にある創造的な部分に、
いい刺激を与えてくれるような気がします。
それでも、俳句の聖地と言ってもいい
子規庵の庭に身を置くと、多少は
詩心を刺激されるようで、写真とともに
私も言葉で遊んでみたくなりました。
結局、駄洒落の句ばかりですが、
それでも参加する事に意義があるでしょう。
yasuhiko
2018/10/11 15:30
♪のこ♪さん。
この文机は復元品なんですが、
木目や傷の位置にもこだわって、
作らせたものだそうです。
私も机の前に座って、子規の気持ちを
味わってみようと思いました。
『坂の上の雲』で子規役を演じた
香川照之さんの迫真の演技なども
思い出され、心に響くものがありますね。
子規といえば松山。その松山に
そんな思い出がおありでしたか。
松山では、俳句を詠むのが当り前
というような気風があると聞いてます。
お父上と松山に行かれた経験を
お持ちでしたら、子規や漱石に対しても、
きっと東京の人間以上に、親近感を
お持ちなんだろうなと思います。
yasuhiko
2018/10/11 15:45
ちぃさん。
これ、へちまの棚です。
へちまは、乾かしてスポンジ代りに
したりもしますが、へちま水は、
痰が詰まって苦しむ結核患者にとって、
効果的な民間薬と思われたんですね。
子規が亡くなる数時間前に、
最後の力を振り絞って執筆したという
俳句も、糸瓜(へちま)の句でした。
yasuhiko
2018/10/11 15:51
JKさん。
子規は、気丈な親分肌の
人だったみたいで、病気が重く
なってからも、多くの俳人、歌人らが
よくこの子規庵を訪問したため、
いつも賑わいを見せていたそうです。
多くの事を成し遂げたようでも、
亡くなったのは34歳の時。色々と
無念だったに違いありません。
笹乃雪で食事さをれてたんですね。
笹乃雪から子規庵までは2〜3分です。
yasuhiko
2018/10/11 16:03
トトパパさん。
松山といえば俳句の街。
正岡子規さんへの尊敬の念は、
こちらでは想像できないほどでしょう。
この子規庵は、34歳で亡くなるまで、
最後の8年間を過ごした家です。
子規の面影を偲ぶにはいい所ですね。
yasuhiko
2018/10/11 16:09
アルクノさん。
周囲は俗世界でも、ここは
風流の別天地、俳句の聖地ですね。
庭に植えられてるのは、大抵
子規の俳句に登場する草花ばかりですが、
花のホトトギスの句は無いようで…。
鳥のホトトギスを意味する「子規」を
名乗っていながら、それもまた
ちょっと面白く感じられました。
話に聞くところでは、病が重くなって
からの苦しみ方は、大変痛々しい
ものだったようですが、それを
感じさせない強さと明るさが、彼には
あったようです。しかし、34歳で
この世を去るのは無念だったでしょう。
床の間には、「柿食えば」の句の
自筆拓本が飾られてました。
yasuhiko
2018/10/11 17:26
にゃーちゃんへ。
若い頃はベースボールに熱中したり、
日清戦争の従軍記者として、
中国に渡ったり、大変行動的だった
子規にとって、病に臥す生活は、
この上なく辛かっただろうと思いますが、
子規庵の小さな庭の自然が、俳句の
題材となって、彼の心を支えて
くれたように思います。この空間だけ、
周囲から隔絶した別世界という感じでした。
yasuhiko
2018/10/11 17:36
こんばんは。
子規の壮絶な病魔との戦いの感じが受け取れましゅ
机の切り込みは、痛々しさを感じましゅ
それでも多くの句を詠みきった子規には頭が下がりましゅねっ
そんな伝え方のうまさは、yasuhikoさんならではでしゅねっ・・・ナイス!…☆
デミ
2018/10/11 18:14
 子規庵に植えられている草木は、本当に日本の四季を彩る花ばかりですね。病床にありながら、萩や秋海棠などを眺めて過ごしている姿が浮かびそうです。
 床の間でしょうか…。竜胆の紫が綺麗ですね。
藍上雄
2018/10/11 18:21
デミさん。
病の床に臥しながらも、最後まで
気丈さを失わなかったという
子規さんの事情を思うと、病魔との
闘いの話をあまり長くするのもどうか
と思い、説明は最小限に留めました。
机の切込みに、何かを感じて戴ければ、
もう、言う事無しですね。
yasuhiko
2018/10/11 18:48
藍上雄さん。
小さい庭ながら、よく工夫され、
子規の俳句の世界を実感できるように
植栽されてると思いました。
子規が寝ていたという六畳間に
腰を下して、ぶら下がった糸瓜の実や、
庭の草花が見られるのも、子規庵の
魅力の一つですね。床の間には、
「柿食えば」の句の掛け軸が飾られ、
生け花の竜胆が印象的でした。
yasuhiko
2018/10/11 18:59
柿の季節がやってくると、子規の句を
思い出します。
柿くえば・・は、子規にとって生涯最後の
旅となった、奈良で詠まれたものですが、
yasuhikoさんのお花を見ながら俳句を
ご紹介いただいていて、味わい深く拝見
させていただきました。
yasuhiko作の句も、なかなかのものです。
たまに詠むのも良いかもしれませんね。
しみじみとした秋を感じる事が出来ました。
つばさ
2018/10/11 19:34
こんばんは。
子規庵の趣のある様子を見比べ乍ら俳句を読むとイメージが何となく湧いてきます。鄙びたいいお庭ですね。昔々の庶民の庭はこんなものでした。糸瓜がぶら下がっている様は季節を感じていいものですが痰きりのためと思えば少し物悲しくなりますね。
のろばあさん
2018/10/11 20:10
香川照之演じる子規が病臥して
苦しさにもがき苦しんでいる様子が鬼気迫って・・・
私の中では子規=香川照之となってしまいました。
松山はどこに行っても俳句ポストがあって
皆さんが心から俳句を楽しんでいますね。
今、俳句ブームのようでこんな子規庵の様子に触れたら
一寸一句という気持ちになりますね。
密やかに咲く秋の花達に病臥の子規もきっと癒やされたことでしょう。
yasuhikoさんも素敵な俳人になりましたぁ。。。
夏井先生に評価してもらってください〜。
あっこちゃん
2018/10/11 20:51
つばささん。
床の間の掛け軸が、その
「柿食えば」の句の自筆拓本でした。
子規の俳句というと、誰でも
まず法隆寺の句を思い浮かべますね。
病の床にあっても、日本各地を
旅して廻りたいという夢は捨てきれ
無かったろうと思いますが、
この庭が俳句の材料を提供し、彼の
心の支えになったんじゃないでしょうか。
私の俳句はお遊び程度ですね。
yasuhiko
2018/10/11 21:04
こんばんは。
晩年の住居は安っぽい家かと思っていましたが侍屋敷だったのですか。
弟子に復元してもらえるほど人徳があったということですね。

川柳の才能があるのではないですか。
tami
2018/10/11 21:07
のろばあさんへ。
この庭に植えられてるのは、
ほとんどが子規の俳句に関係した
草花ばかりですから、写真と
俳句を見比べると、子規の見ていた
風景が蘇るような気がしますね。
仰るように、いかにも庶民の庭という
雰囲気が、とても好もしく思えます。
糸瓜忌(子規の命日)は過ぎて
しまいましたが、見事な糸瓜の実が、
場所に相応しい風景を見せてくれました。
yasuhiko
2018/10/11 21:17
あっこちゃんへ。
分かります。子規というと、
ドラマの香川照之さんの鬼気迫る
演技が忘れられませんね。
収録に合わせて、どのくらい体重を
落して来たのか、プロの役者魂を
見せつけられたような気がしました。
子規庵は周囲から隔絶された
全くの別世界。ここに身を置くと、
言葉遊びの一つもという気になります。
まあ、私のはお遊び止りですけどね。
yasuhiko
2018/10/11 21:27
tamiさん。
「侍屋敷」は、城下町で見られる
立派な武家屋敷と異なり、
下級武士が暮らす質素な長屋です。
そんな侘びた風情が、俳句の精神性に
相応しかったのかも知れませんね。
この家には、多くの俳人、歌人の他、
夏目漱石、森鴎外、与謝野鉄幹らが訪れ、
句会、歌会が催されたと言いますから、
弟子たちにも忘れ難い家だったんでしょう。
yasuhiko
2018/10/11 21:44
根岸の子規庵ですか、気が付きませんでした。
秋の花が咲きそろっていますね、萩の花さいていますね。この花を見ると、あ〜〜秋って。コスモスもあると更に秋を感じます。

2018/10/11 22:00
こんばんは!
子規は晩年は根岸で過ごしていたんですか。秋の花が沢山咲いていますね。確かにごてごてとした庭でも子規にとっては心の慰めになっていたのでしょうね。庭の花を詠んでいたんですね。
この雰囲気の中で一句作ればいい作品が出来そうですね。
yasuhikoさんの俳句もなかなかのものだと思います。
eko
2018/10/11 22:39
温さん。
根岸の子規庵。6年前に
訪れた時は、室内の撮影がNG
だったんですが、昨年の子規生誕
150年周年をきっかけに、
撮影OKになったみたいです。
残念ながらコスモスは無かったですね。
子規の活躍した時代は、この花に
まだ馴染みが無かったのかも知れません。
yasuhiko
2018/10/11 23:15
ekoさん。
子規は34歳で亡くなるまで、
根岸の家で暮らしてました。
子規が亡くなった後も、母と妹が、
この家を守り続けたそうです。
庭は本当に小さいものなんですが、
俳句の題材となる好きな花を、
一通り植えたんでしょう。自分でも、
「ごてごて」なんて言ってますね。
病が重くなってからは、この庭が
子規の作品の全てだったと思います。
刺激を受け、俳句もどきを作ったんですが、
まあ、参加賞止まりでしょうか。
yasuhiko
2018/10/11 23:23
たしかに海外での俳句熱が、さいきん高いようですね。
以前NHKのスペイン語講座を見ていたら、スペインの俳句サークルの活動の模様をやっていました。
しかし外国語で俳句をやると、なんだか「そのまま」のように見えて、「ちょっと違うんだよなあ」といつも思ってしまいます。
でも、それぞれのやり方で楽しむことが重要なんでしょうね。
家ニスタ
2018/10/11 23:26
家ニスタさん。
俳句のツボというのは、
ちょっとお笑いのツボに似ていて、
国が違うと、その微妙なニュアンスの
違いが気になるものかも知れません。
でも、定形の短い詩の一つだと
考えれば、その微妙な違いも含めて、
世界の「HAIKU」を広く
楽しめるんじゃないかと思います。
yasuhiko
2018/10/11 23:53
切込みのある文机に
もたれかかるように座し
詠んでいたのであろう、
子規の背中が眼に浮かびました。
すばらしい記事を
どうもありがとうございました。
小枝
2018/10/12 00:16
子規の句を思いおこしながら、庭の草花をめでるなんていいですね。
豪邸ではなく庵、洗練された広い庭ではなく草花を植えた小さな庭、子規らしく心惹かれます。

すずりん♪
2018/10/12 00:32
小枝さん。
私も子規になったつもりで、
この文机の前に座り、しばらく
ぼんやり庭を眺めてました。
ここは俗世から隔絶した別世界です。
もし子規の気配を感じて戴けたなら、
何にも増して嬉しい事ですね。
yasuhiko
2018/10/12 10:09
すずりん♪さん。
子規の句がすらすらと出て来ると
いいんですが、それほど
俳句の世界には詳しくないので、
先に絵になりそうな花の景色を撮影し、
後から写真に合いそうな句を
探しました。けっこうあるもんですね。
という事は、庭の手入れをされる方が、
子規の句をよく知っていて、
そのイメージに相応しい庭造りを
心がけてらっしゃるんでしょう。
yasuhiko
2018/10/12 10:19
子規の句と草花を照らしながら散策、ステキな雰囲気ですね。閑静な佇まいの子規庵が復元されて残っているのもいいですね。以前大河ドラマで香川照之さんが正岡子規を全身全霊で演技していたのを思い出しました。
yasuhikoさんのユーモアあふれる名句、引けをとりませんね。
みなみ
2018/10/12 11:07
根岸ですか。いいところですね。
日本の家屋のよさがでてますね。
地味だけれども情緒がありますね。
イッシー
2018/10/12 12:00
木洩れ日が部屋の中で、優しい影をつくっていますね。
yasuhikoさんの俳句とダジャレ、素敵です。
色彩豊かなお写真に秋を感じました。
(子規・才・豊か)です(*^_^*)
クリム
2018/10/12 15:29
みなみさん。
俗な世界と一線を画した
詩心にあふれた別天地という趣が、
この子規庵にはあります。
恐らく、再建に尽力した弟子たちも、
維持運営に努力されてる方々も、
子規の俳句の世界をよく理解して、
その面影を大事にしてるからでしょう。
本当に、子規というと、香川照之さんの
顔が浮かぶほど、迫真の演技でした。
私の俳句もどきは、あくまでお遊びで…。
yasuhiko
2018/10/12 15:39
子規といえば先ず頭に浮かぶのは「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」だったので、お元気な印象があったのですが晩年は病との闘いだったのですね。
にもかかわらず、あれほどの句を詠まれていたなんて...
yasuhikoさんの水引草の一句、素晴らしいです!
芙蓉の句にはズッコケそうになり笑ってしまいました。
表面に表れている部分だけではなく、その人のバックグラウンドを知ると、やはり見る目が変わってくるような気がします。
そういった意味で、この記事をアップしてくださりありがとうございます。
拙いといえばあまりにも稚拙すぎる た・た・短歌を...
「詠み人の 背景知りて ひときわに その句に込めた
思いとぞ知る」失礼致しました
テンプル
2018/10/12 15:41
イッシーさん。
戦後の再建なんですが、
庵というだけあって、子規が暮した
明治の面影を残す、味わい深い
住まいですね。庭の草花を含め、
俳句の世界にはぴったりだと思いました。
yasuhiko
2018/10/12 15:45
クリムさん。
そうなんです。糸瓜の棚が、
今で言うグリーンカーテンになって、
優しい木漏れ日を書斎に届けて
くれるようでした。「色(子規)彩豊かな」
とは、また何という洒落心なんでしょう。
恐れ入りました、師匠。子規大先生も、
あの世で爆笑されてるかと思います。
yasuhiko
2018/10/12 15:56
テンプルさん。
子規庵の床の間にも、
「柿食えば」の句の自筆拓本が、
飾ってありました。この時、
既に重い病にかかっている事が判明。
松山で療養中の子規は、夏目漱石から
10円程の借金をして、最後の
奈良旅行に出かけたそうです。
子規庵で暮した8年間の最後の方は、
痛ましい点もあったようですが、
それを感じさせない気丈さ、
天性の明るさを持つ人だったようですね。
コメントの最後に添えられた和歌が、
素晴らしいです。何より、和歌を
添えるという感覚が奥ゆかしいと思います。
yasuhiko
2018/10/12 16:18
こんにちは

俳句に遊ぶ
またいいものですね
最後は芭蕉翁も
遊びに来ましたね
無門
2018/10/12 18:00
無門さん。
本当に小さな庭なんですが、
ここに身を置くと、普段は風流な世界に
縁の無い私のような人間でも、
一句詠んでみるかという気になりますね。
さすがは無門さん。最後の句は、
何を隠そう、芭蕉をパクッてます。
yasuhiko
2018/10/12 18:34
秋の花々がたくさん登場しています。
俳句にはこういう花も影響するのでしょうね。
机など、いろいろ想像できますね。
いつも一味違った写真で楽しませていただきました。
はるる
2018/10/12 19:45
本当に「庵」とつくのにふさわしい建物ですね。タイムスリップしたような感じですごく癒されます。正岡子規、国語などで習った記憶がありますが、人物像は全然知らなくて・・・
かるきち
2018/10/12 21:10
はるるさん。
「ごてごて」と句では言ってますが、
自然な感じに草花を植えるのは、
子規の好みでもあったろうと思います。
本当に秋の草花が多いですね。
切込みのある文机に座った子規の姿が、
何となく想像されて、なかなか
感慨深いものがありました。
yasuhiko
2018/10/12 21:46
かるきちさん。
子規庵には、多くの俳人、歌人たち、
さらには夏目漱石、森鴎外などが訪れ、
句会、歌会を催したり、文学談義に
花を咲かせていたようです。
簡素な住まいですが、そんな明治の
風景を想像させる場所として、
なかなか貴重なものがありますね。
yasuhiko
2018/10/12 21:53
年中 美しく咲く花を眺めていると
子規は 次々と 俳句が浮かんで
きたのですね。羨ましいです。
俳句の会へのお誘いを受けるのですが
私には 無理な事でいつもお断り
しています。
文机から見る 糸瓜が下がっている風景は
なんとなく寂しい感じがします。
フラバーバ
2018/10/12 22:02
こんばんは。
子規庵には行ったことありませんが、よくドラマ上で正岡子規が結核を患っていた様子が思い浮かびます。
若いころから年甲斐もなく俳句を詠むのが好きでした。
が、今は全く興味がなくなってしまいました。
究極の世界観をまた、見直してみようかな〜
yasuhikoさんに習って一句・・・が浮かばない(>_<)
ロシアンブルー
2018/10/12 23:08
フラバーバさん。
子規は多作だったみたいですね。
生涯にどれだけの数の俳句を作ったのか。
病が重くなってからは、その多くが、
この庭の草花から生まれたのかと思うと、
何か感慨深いものがありました。
最後の句も糸瓜を詠んだものでしたね。
yasuhiko
2018/10/12 23:18
ロシアンブルーさん。
正岡子規というと、香川照之さんの
迫真の演技が思い出されます。
子規が病魔と格闘していた舞台が、
この子規庵だったんですね。
建物は再建でも、明治の面影を
よく残してるように感じられました。
おや、俳句が御趣味だったんですね。
私は縁が無かったんですが、
子規庵に来て少し影響を受けたようで…。
yasuhiko
2018/10/12 23:30
病床でありながら
お庭を見ての俳句
すっと気持ちが入って行きます
ジュン
2018/10/13 06:44
yasuhikoさん、
俳句上手ですね。きれいな写真みながら、子規の歌まで読んで、よい気分になりました。
Muni
2018/10/13 13:05
ジュンさん。
戦災で一度失われた子規庵ですが、
子規の暮らした明治の面影を、
よく留めているように思います。
庭の草花も、子規の残した俳句の
世界観にぴったりですね。
yasuhiko
2018/10/13 18:53
Muniさん。
いやぁ、それは何と言っていいのか。
でも、俳句と写真は相性がいい事に
気が付きました。何気なく撮った
花の写真が、子規の俳句の世界と
うまく重なったり、写真に
添える言葉が自然に五七五になったり…。
yasuhiko
2018/10/13 19:00
こんばんは
あの小さな家に
慕って多くの方が
訪れたんですねー
三四郎の登場人物一人だそうで
すーちん
2018/10/13 21:19
すーちんさん。
子規を慕って集まった
高浜虚子、伊藤左千夫、夏目漱石、
森鴎外、与謝野鉄幹ら文学界の大物たち。
この人達だけで、明治日本文学全集が
編集できそうですね。漱石の
『三四郎』に登場する与次郎のモデルが、
子規ではないかと言われるそうで…。
yasuhiko
2018/10/13 22:14
こんばんは!
子規が最後に過ごした庵。
今であれば、病を治すことも容易でしょうけど…かつては死病でしたから、それでも最後まで句を詠んだ子規は本当の詩人ですね〜。
体を低くして子規の目線で庭の花たちを眺めたくなりました。水引草、我が家にも今咲いていて好きです☆
komichi
2018/10/13 23:02
数年前、正岡子規の故郷である松山で彼の足跡に触れ、俳句の芸術性をあらためて感じたことを思い出します。
この子規庵で詠まれた俳句が今も日本の文学史の中の偉大な一頁になっているのですね。
ここは加賀藩下屋敷の侍屋敷だったのですか。よくぞ復元してなおかつ風情を保っているものだと感心します。
ミクミティ
2018/10/13 23:16
 ありがとうございます。
もう言葉もないくらい感激しています。
俳句を勉強する者としては聖地のような
場所なのですが、機会がありませんでした。
また行かなくても行った人の話、子規の句
などでその庭の様子が解っていたつもり
でしたが、まったく違っていて驚きました。
見るのと聞くのとでは大違い、写真がとても
素晴らしいです。行ってみたくなりました。
「病床六尺」を読んですさまじい闘病生活に
圧倒されたことを思い出しました。
絶筆の三句を思うと辛いです。でも、
花と句の取り合わせに慰められました。(^^♪
ミキ
2018/10/14 00:18
komichiさん。
病との闘いは、言語に絶する
苦しみをもたらしたようですが、
それでも、最後まで俳句を作り続け、
友人や弟子らに対しても、気丈に
振る舞ったのは、天性の明るさを持った
子規という人の人柄だったんでしょう。
六畳間の文机の前に腰を下すと、
彼の面影を感じられる気がしました。
yasuhiko
2018/10/14 12:28
ミクミティさん。
この子規庵には、俳句、短歌、
文学関係者の他に、松山時代の友人も、
しばしば顔を見せていたそうです。
交友関係の広い子規ならではの話ですね。
侍屋敷とはいっても、ここは
下級武士の暮らす二軒長屋の内の
一軒だったそうです。でも、その質素な
佇まいが、俳句の世界にはぴったり
だったんでしょう。結果的に、
俳句の聖地のような存在になりましたね。
yasuhiko
2018/10/14 12:38
ミキさん。
よかった。ミキさんにそう言って
戴けたので、ホッとしました。
見学のお客さんは、俳句サークルの
お仲間かなと思うような方たちや、
俳句を趣味にしてそうなご夫婦、
さらには、日本文学を研究中という
フランス人の若い女性など、
皆さん俳句の魅力をよく理解した
方たちばかりだったようで…(多分)。
私だけが、素人っぽい物好きオジサンの
風情丸出しでした。それだけに、
子規さんに失礼の無いよう、丁寧に
庭を撮影してきたつもりです。ここは、
俳句の聖地と言う言葉がぴったりですね。
yasuhiko
2018/10/14 12:54
今晩は♩

最近、俳句はハードルが高そうなので、まずは季語の勉強がしたいと思ってました。
正岡子規の世界に触れて、またフツフツと想いが湧き上がりました。
秋の花々も癒されますね。
ヌサドゥア
2018/10/14 19:41
子規庵など、オープンで写真も写せるのですか?
楽しみも、倍増しますね。
色々、花も咲いていて、雰囲気も上がりますね。

ブログへ再度お越しいただき、気持ち玉添付。有り難うございます。
yoshi
2018/10/14 21:57
ヌサドゥアさん。
俳句はいいかも知れません。
普段全く縁の無い私でも、子規庵の
庭に身を置くと、それらしきものを
作ろうかという気になります。
きっと私たちのDNAの中に、
俳句的な素養が含まれてるんでしょう。
子規の目を通して眺める秋の花には、
一味違った味わいがありますね。
yasuhiko
2018/10/14 22:41
yoshiさん。
6年前に訪れた時は、室内が
撮影禁止でした。それが、昨年の
子規生誕150周年のお祝い行事を
きっかけに、全面解禁になったそうです。
写真と俳句は相性がいいので、
撮影を通して、子規の俳句の世界に、
より深く触れる事が出来ますね。
yasuhiko
2018/10/14 22:48
こんばんは!
岩崎邸から根岸!香川照之さん繋がりですかね(笑)
萩やりんどうなど秋の花が見頃で季節感が伝わります!
俳句は高尚過ぎて、私には、川柳がピンと来るかも(笑)
sasapanda
2018/10/15 00:47
野球に夢中だった正岡子規が病に気が付いた時、どれほどの絶望を感じたのか。
痛みという混沌の中、ごてごてと植えた草花を見ることにやすらぎを感じようとしたんじゃないかと思ったり。
俳句は17文字だけで作られているので 裏に別の意味を託すことがあると聞いたことがあります。
どんな想いを俳句に託したのか。
そんなことも秋の夜長に考えるのも佳いことなのかもしれません。
おーちゃん
2018/10/15 07:37
sasapandaさん。
そうなんですね。岩崎弥太郎を
演じたかと思えば、病んだ正岡子規を
熱演する。そんな香川照之氏の姿を、
子規庵の庭で思い浮べてました。
でも、ここを訪れたのは、それと関係なく、
室内が撮影できるようになったと
聞いたからです。季語があっても無くても、
俳句の聖地に身を置いて、五七五を
考えてみるのも楽しい事ですね。
yasuhiko
2018/10/15 12:25
おーちゃんへ。
病が重くなってから、床の上で
苦悶する話は、ただ痛ましいとしか
言いようがありませんが、
それでも句を詠み続け、訪問客を
迎え続けた子規の気丈な姿、
天性の明るい性格は、最後まで
変らなかったようです。この小さな庭が、
子規にとっては宇宙の全て。というのも、
俳句らしい世界観と言えそうですね。
yasuhiko
2018/10/15 12:35
根岸の子規庵
空襲で焼失したのに、弟子の方々の尽力で
忠実に再建。
すばらしいですね。
病床でこのお庭が、すべてだったのですね。
素敵な俳句がたくさんでてきます。
yasuhikoさんの俳句も素敵です。
あこ
2018/10/15 15:41
お写真を見ていると今にも病床に伏した子規の咳が聞こえてきそうな、そんなタイムスリップした気分になりました。
小さな庭とそこに咲き集う花々だけの世界から素晴らしい名句をいくつも作りだした子規の感受性の高さを改めて思います。
ここに居たら自然と俳句をひねりたくなるのでしょうね。
うずら
2018/10/15 16:47
あこさん。
子規の文机も復元品ですが、
木目や傷痕などにもこだわって、
昔の面影を再現してるそうです。
子規ゆかりの人々にとって、
ここは忘れられない大切な場所なので、
草花の庭も含めて、昔のままの姿を
残そうと努力してるんですね。
俳句に縁の無い私でも、ここでは出て来る
言葉が、自然に五七五になっていて…。
yasuhiko
2018/10/15 20:27
うずらさん。
子規庵の書斎に腰を下し、
秋の花咲く小さな庭を、文机越しに
眺めてると、本当に子規の気配を
身近に感じるような気がします。
ぶら下がった糸瓜の実も、彼が
最後に詠んだ俳句三句を思い出させて、
感慨深いものがありますね。
俳句に縁の無い人だって、ここでは、
誰もが俳句の一つも口にするのでは…。
yasuhiko
2018/10/15 20:42
秋の風情漂う素敵な
お写真ばかりですね。
子規庵のお庭は、病床の子規を
思うと、なお切ない風景ですね。
ふーう
2018/10/17 10:56
ふーうさん。
本当に小さな庭ですけれど、
色んな草花が秋の気配を漂わせて、
俳句の小宇宙という感じでした。
病床の子規も、この景色には
心慰められたんじゃないでしょうか。
yasuhiko
2018/10/17 11:31
切り込みの入った文机にもたれかかった子規の背中姿が、目に浮かんでくるようです。
晩年は病の中で苦しんだようですが、庭という小さな世界からも、いろいろな言葉を生み出すとは。。穏やかな庭の風景の中のちょっとしたうつろいや動きに目を細めていたんでしょうねえ

僕の住む町にも俳句ポストが幾つかありますが。。俗世にまみれてるせいか、なかなか俳句や文などは浮かんできません。
やはり子規のように俳句に情熱を持ち続け、ちょっとした動きに興味を持てるようにならなきゃいけませんねえ
つとつと
2018/10/20 21:40
つとつとさん。
文机は復元品なんですが、
お弟子さんたちが、木目や傷痕にも
こだわって、忠実に再現されたようです。
確かに、この机の前に腰を下すと、
痛みに耐えながら文筆活動を
続けていた子規の姿が、心に浮んで
来る気がしますね。俳句とは
縁が無いんですが、この庭に立つと、
ちょっと言葉遊びでもしてみようかな
という気になるから不思議です。
yasuhiko
2018/10/20 23:25

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子規庵の萩の花・糸瓜など 街が好き/BIGLOBEウェブリブログ
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