雑司ヶ谷宣教師館と鬼子母神

明治期の木造洋館、雑司が谷宣教師館(旧マッケーレブ邸)を

訪れるのは6年振りの事です。地下鉄の東池袋駅から歩いて

10分弱。途中、雑司が谷霊園の中を通るので、夏目漱石

お墓にお参りしてから向かいました。


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        洋館らしい縦長窓とハナミズキ


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   家の主、マッケーレブ氏は米国テネシー州の生まれ。

   生後6か月で南北戦争の為、父を失います。その後、

   苦学の末に宣教師となり、明治25年来日しました。


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        築地などで布教活動を行い…


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   雑司が谷に自邸を構えたのは明治40(1907)年。

   19C後半のアメリカ郊外住宅を偲ばせるシングル

   様式(下見板で外壁を覆う)の質素な住宅でした。    


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   シャクナゲの咲く広い庭には…


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   小さな花壇があって、今はネモフィラの花盛り。


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   教会の運営が大変だったのか、彼はこの家で

   自給自足の生活を営みます。畑で野菜を作り、

   薪を割る姿を、地元の人はよく見かけたとか。


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   この家で唯一豪華なのが、居間兼応接室の

   マントルピース。色彩タイルが鮮やかですね。


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   昔が偲ばれる室内。幼児教育にも熱心だった

   彼の人柄は地元の人に親しまれます。そして、

   50年暮らした日本に永住する積りでしたが…


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   日米開戦の一か月前、米国大使館の勧告で、

   やむなく帰国。そのまま本国で亡くなりました。

      *      *      *

   地元との交流を大切にしたマッケーレブさん。

   80年代に取り壊しの危機を迎えた時、保存

   運動に立ち上った区民の中には、この洋館で

   英語を教わった方も含まれていたとか。


   【雑司が谷鬼子母神


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   宣教師館を後に、歩いて鬼子母神(きしもじん)へ。

   参道のケヤキ並木や、境内の若葉が清々しいですね。


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   江戸時代から店を構える名物の駄菓子屋


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   「鬼子母神」は、元はインドの恐ろしい鬼女ですが、

   釈迦の説諭で改心、安産子育ての神になります。

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   境内の子授け銀杏は樹齢700年とか。背が高く、

   頭上を見上げ(右)ても、てっぺんが見えません。


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   「鬼」の字に角が無い事にお気付きでしょうか。

   本堂に安置される女神の木像が、鬼形で無く、

   角の無いお姿である事に由来するそうです。


   【補足】

   雑司が谷宣教師館は、無料で自由に見学できます。

   撮影希望の場合は、事務棟で必ず断わって下さい。


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